第46回定期総会 記念講演~開業医が日常診療で遭遇する「意思決定能力低下患者の法的問題への対応」【情報掲示板】情報掲示板

第46回定期総会 記念講演~開業医が日常診療で遭遇する「意思決定能力低下患者の法的問題への対応」

2018-09-03

[活 動]

第46回定期総会 記念講演~開業医が日常診療で遭遇する「意思決定能力低下患者の法的問題への対応」▲福島市(ウエディング エルティ)にて記念講演の様子

 福島県では、県内に認知症と診断された方が8万4000人以上、軽度認知障害を有する方が7万3000人以上いると推計(2017年10月時点)され、さらにその数は増加し続けており、対策が急がれています。
 そこで保険医協会では「認知症等 意思決定能力低下患者の診療における法的問題への処方箋」の著者であり、医師・弁護士でもある長谷部圭司さんをお迎えして、その実態や対応策をお伺いしました。

 長谷部圭司さんのプロフィール詳細はこちら➡https://www.hasebe-keiji.com/profile/

診療契約とインフォームドコンセント

 認知症患者さんのように、正常な意思表示ができない人が、例えば、高額な布団を買わされたという場合、契約自体を無効や取り消しにするという処理がされています。
 では、医療機関の場合、そのような方々との「診療契約」が無効や取り消しにならないためには、どのような視点に留意すればよいのでしょうか?
 以下に具体例を挙げながら解説していきます。

 

診療契約が成立する場合

 まず、契約が成立する例として本の売買を考えてみます。AさんがBさんの持っている本をよいと思い、Aさんが「本を買いたいです」と言い、Bさんが「売ります」と答えたとします。この場面では、たったこれだけで売買契約が成立しています。
 なぜなら、買いたいという気持ち(意思)と、売りたいという気持ち(意思)が合致したら、契約が成立しますので。このように、契約の成立には、お互いの気持ちが合致することが要件となります。
 以上から、診療契約においても通常の契約と同様に「診て下さい」「診ます」という意思の合致によって成立します。病院の受付に来て、「熱があるんです」と言って「いやいや、ただの報告です」と言う方はいないでしょうから、「診て下さい」という意思を表したことになります。そして、受付スタッフが問診票を渡すことで「診ます」という意思を表現していることになりますので、お互いの意思が合致して、診療契約が成立していると言えます。

診療契約が成立しない場合

 一方で、意思が合致していて契約が成立しているように見えても、契約が成立しない場合があります。
例えば、認知症の85歳の男性Aが、5000万円相当の自宅を「1000円で売る」と話し、これをBが「買います」と答えた場合です。
 外観上は意思が合致したように見えますが、Aは常識的な対価や貨幣価値などが理解・判断できないため「1000円で売る」というのは、Aの意思ではないと考えられるからです。
 このように、本人に物事を理解し判断できる能力(事理弁識能力)がない場合、本人が仮に意思表示をしたとしても、それが本心とは言えなくなります。つまり、契約の成立には、本人に事理弁識能力があることが必要になります。
 診療契約についても同様で、認知症の人は特に症状が進んでいる場合、自分自身で締結することは難しくなります。

ICの適切な解釈

 インフォームドコンセント(Informed consent(以下、IC))は、日本において「説明と同意」という訳で使われていますが、これは誤訳です。「Informed」は「知らされた」、「consent」は「同意」という意味です。直訳すると、「知らされた上での同意」になります。この言葉の中心は、「consent」という名詞ですので、ICは、「同意」という意味を超えることはできません。

 従って、ICを医師が行うことはできず、「同意」ができるのは患者さんということになります。
ではここで前述の内容を踏まえてICの問題です。下記の3つのうち、ICの正しい使い方はどれでしょうか?

①医師より術前ICを行った。
②ICをしたか確認しておいて下さい(ICしたか聞いておいて)。
③医師が手術後に手術についてICした(術後ICした)。

 まず「①医師より術前ICを行った」についてです。これは医療界において最も使われている使い方のはずです。しかし、ICはどんな形容詞がつこうとも「同意」という意味を超えることはありませんので、①は間違いです。
 次に「③医師が手術後に手術についてICした」についてです。手術後に、医師は手術の説明を行いますが、患者さんとしては話を聞くだけで、何ら同意することがないので、これもおかしな使い方になります。
 最後に「②ICをしたか確認しておいて下さい」についてです。この使い方は主語がなく、「医師が」という主語であれば間違いになります。しかし「患者さんが」とすると間違いではなくなります。ですから、答えとしては△になります。従って、①~③に正しいものはなく、②が正しい場合がある、というのが答えになります。

認知症等患者の治療を法律上問題なく行うためには

診療契約・ICが可能な人物

 診療契約を結ぶことができるのは、当然本人です。一方、ICとは医療における自己決定権ですので、こちらも本人ということになります。自己決定権とは「自分の生き方や生活について、自由に決定する権利」とされており、憲法13条に由来するとされています。

憲法第十三条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 それでは、それ以外の人のICは必要でしょうか?当然ですが、必要ありません。例え家族であろうとこの決定を行うことは原則としてできません。

本人に意思能力がない場合

 ただ、本人に意思能力がない場合または不十分である場合には、考え方が異なります。この場合には、本人だけでは診療契約を結ぶことも、ICを行うこともできないからです。
 それではどうすればよいのか、次の事例を題材にして考えます。

患者:30代男性X。
頭を強打し意識不明。意思能力はありません。これから行う診療内容について説明を行います。
患者の家族構成:奥さん、子供2人(未成年)、両親。


 この事例の場合、本人の代わりに誰が説明を受けて、ICをできるのでしょうか?
 結論としては、原則ICをできるのは相続人(奥さん、子ども2人)です。このような場合、本人の代わりになる人を決めなければならず、法律的な観点からは「代わりに意思表示できるのは、相続人全員」であり、しかもそのうちの1人ではなく全員のICが必要となります。
 ただし、本事例は子供が未成年のため、奥さんだけに説明をし、理解をしてもらい、同意を得れば問題ありません。
 ここで「相続人」について説明します。相続人とは、被相続人が死亡すれば、相続財産が入ってくる関係にあります。倫理的には、誰かのICに基づいて医療行為を行った結果、患者に何らかの損害が生じて、裁判になりそうな状況の場合、まずは患者さんに損害賠償請求権が発生し、患者さん自身が訴訟可能となります。しかし、もし患者さんが亡くなった場合は、その損害賠償請求権は患者さんの相続人に相続され、訴訟を提起することが可能です。

相続人全員がIC可能

 被相続人が意思能力を失った場合『相続人全員でICできる』ということは、全員に説明して、理解してもらい、同意を得ないといけないことになります。その理由は、損害賠償請求権の性質にあります。損害賠償請求権は、金銭債権なのでこの債権を持つ者は誰でも裁判を起こすことができるわけです。1人でも裁判を起こされれば問題ですので、相続人全員のICが必要となるのです。
 しかし、現実には相続人それぞれの居住地が離れていたり、大勢いたりするなど、大変な手間がかかります。このような手続きを踏んでいては、医療行為が迅速に行えないため、治療が滞ることが予想されます。
 さらに、その遅れにより患者さん自身に具体的な不利益が生じれば、何のために家族の意思を確認しているのかわからず、本末転倒です。

インフォームドコンセントの有効な取り方

第46回定期総会 記念講演~開業医が日常診療で遭遇する「意思決定能力低下患者の法的問題への対応」「医療事項代理人の指定について」書面サンプル

そこで、患者さん本人のICに代わって意思決定をする手段について、私が提案している3つの考え方をご紹介します。

医療事項代理人を決めておく

 1つ目は「医療事項代理人」です。医療事項代理人とは、本人が認知症や意識不明の状態で意思能力を失っている場合に、医療事項について本人の代理として意思決定を行うことができる人のことです。
医療事項代理人がいれば、患者さんの家族、特に相続人がたくさんいたとしても、全員に意見を求める必要がなくなります。
 医療事項代理人の選定の仕方は簡単です。患者さん本人に、できるだけ意思能力のあるうちに選んでもらいます。そしてその選ばれた人の同意を取れば、その人が医療事項代理人となります。その際、後から揉めないためにも、選定と同意についてはすべて書面で行ってもらいます。

家族代表者を決めておく

 2つ目は「家族代表者」です。家族代表者とは、家族、特に相続人を代表して、意思表示をできる人のことを言います。この制度の利点は、本人が意思能力を失った後でも利用することができる点です。
手続きも簡単です。書面を渡して家族で話し合ってもらい、代表者を立て、書面に必要事項を記載の上、提出してもらうだけです。
 大事なのは、代表選定の決定に相続人全員が関わっている必要があることです。
 一見すると、病院には関知できないと思われがちですが、実際に家族で話し合ったかどうかは不明でも、書面の提出がある以上、それを信じてよいことになります。仮に、後で別の家族から異議が出されたら、そのときに対応するということでよいのです。
 ただし、一人身の方には用いることができない制度です。

多職種会議の設置

 3つ目は「多職種会議」です。多職種会議とは、誰も決定できない場合や、そもそも決定する人がいない場合に、臨時的に行う話し合いのことを言います。
 この仕組みは「家族がいない・身寄りがない」もしくは「家族がいるかわからない」という際に役立ちます。
 この会議には専門家のみが参加できるという縛りはありません。家族代表者になっていなくても、患者さんの家族を入れてもよいし、内縁の妻・夫を入れるのもよいし、かかりつけの医師や看護師、ケアマネ、行政機関の人物を入れることも可能です。患者さんの意思をよく知る人たちを入れることで、できる限り患者さんの意思を反映するものになれば、より会議の意味も出てきますので、積極的に参加してもらえればよいと考えます。
 ただし、この仕組みはとても便利なので、濫用はしないようにしましょう。

最後にお伝えしたいこと

ガイドラインを遵守する

 各診療ガイドラインは、医師側の視点から見ると医療水準の全てとは言えないことがあるかもしれません。しかし、弁護士側の視点から見ると「裁判所の医療水準」と断定して表現することができます。その理由は、裁判官は医療水準が何かを知らないからです。
 つまり、裁判になった場合、医療を知らない人が判断することになります。これは医療提供側からすれば怖いことです。
 一方で、ガイドラインを証拠としてつけて、ガイドラインに準じて診療を行っていたことが分かれば、これに対して文句が言われにくくなります。
 ですので、皆さんには「ガイドライン=裁判所の医療水準」であることを認識して頂き、かつガイドラインの内容もきちんと認識して頂きたいです。

ICの代行は家族の義務

 本人の代わりにICすることができるというのは患者さんにとっては権利ですが、家族にとっては義務でしかないということをしっかりと認識して頂きたいです。誰のためのICの行使なのかと言えば、患者さん本人のためです。
 また、ICをせずに患者さん本人に不利益が起こるようなことになれば、高齢者虐待防止法上のネグレクトになります。そうなると、本人の代わりにICできるような権限すら失うと私は考えています。
 最後に、私のホームページ(https://www.hasebe-keiji.com/)もありますので、いつでもご相談下さい。