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フラメンコ

2020-02-25

[コラム]

フラメンコ

 2年程前、そのおじさんは前立腺ガンの治療中で、医師からは骨に転移もあることを告げられていた。そこで彼はある決心をして、家族の大反対を押し切り一人でこの旅行に参加した。若い頃からの憧れの国スペインをどうしても一度見てみたかったそうだ。

「現代では医学は進歩していて前立腺ガンは治る病気になっていますよ」と言うと「でも転移もありますから」と彼は言って弱々しく微笑んだ。余計なことは言わないほうがいいと思ったのだが、私はその場の成り行きで「人間は楽しいことに出会うと、自己免疫力が高まり病気も良い方向に向かうと言いますよ」と浅薄な励ましを言ってしまった。

 その後ツアーの一行はレストランシアターでフラメンコのショーを観た。そしてそのショーが素晴らしかったのである。おじさんも感動しきりで、舞台を観ながら立ち上がらんばかりに身を乗り出して拍手をしている。やがてこちらを振り向いて「今声援を送ったらマナー違反ですか」と尋ねてきた。「曲の合間ならいいんじゃないですか」と言うと、今度は「何と言ったらいいでしょう」と聞いてきた。「ブラボーなんてどうですか」と答えると、曲が終わるたびに大きな声で「ブラボー、ブラボー」と何度も声援を送っていた。踊り子たちもその声援に気づき、彼に向かって微笑みかけて、彼らも喜びを表わしていた。

 帰りのバスの中でおじさんは、ひとり踊り子たちに囲まれて一緒に写した写真をみんなに見せながら「絶対にまたもう一度スペインにフラメンコを見に来る」と、ニコニコ顔の興奮した様子でみんなと語り合っていた。人間が病に打ち勝つには医学の力はもちろん大きいが、感動する心(芸術)の力だって医学に負けない程に偉大なんだとその時確信した。

 あれからきっとあのおじさんは健康をとり戻し、またスペインへ行き「ブラボー」と声をあげながらあのフラメンコの踊り子たちの、華麗で妖艶な踊りに魅了されているに違いないと信じている。



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(長岡 義人(歯科医師)/福島市)