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添えられた花

2019-06-25

[コラム]

添えられた花

 子どもの命が故なく奪われる事件が続く。胸がつまる。バス停の園児を襲った川崎の事件(5月28日)は加害者が引きこもり状態の51歳と報道された。数日後、元農水省事務次官はある懸念を動機に同様の息子(44歳)を殺害した。人間社会に殺傷は消え難いとしてもこの有りようはどうにも耐え難い。

 殺傷は不穏の醸成と感情の発火が縞模様となって因果を支えている。縞の一つ一つを見れば、かつてわが身に降りかかり、あるいは紙一重でわが身をかすったもの、と誰もが思い当たる。我々の誰もがその時代を反映する社会的体験の、大きな因果の中にいるからである。

 川崎の事件後、現場には献花と祈りが途切れず実に多くの人が寄り添った。花を片付けてもまた人は寄り、花は道にあふれたという。

 51歳と44歳という年齢はほぼ人生の半ばである。それまでの間、そとの世界へ開かれた通路は常に針の穴ほどだったというのだろうか。誰もが彼と共に歩まず消えていったというのだろうか。そうなのかもしれない。道に花を添える人がこんなにもいるのに。

 事件はすでに解決の処方箋を示唆している。人を人の努力で優しくするしかない。誰においても精神の真っ当さと優しさは社会的なものであり、それとしてのみ宿すことができる。

 現下、経済至上主義から溢れでる暴力を止め、底辺で壊されている暮らしの安心感を再建することでしかない。弱者切り捨ての施策を富の再配置をもって転換することでしかない。どのような工夫も大切であるが、一見迂回と見えるこの国民的理解と覚悟なしに、道に添えられた花にこたえるすべはないだろう。

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(齋藤 紀(医療生協わたり病院)/福島市)